非宇宙産業との挑戦的なセンサ開発
開発に関する考え方ががらり、
180度近く変わった
革新的な技術であるSAMRAI衛星のセンサ部については、新しい技術を有する非宇宙産業との共同開発に取り組む必要があり、宇宙開発の経験のない企業と、品質を保持しながらコストを抑える開発をどのように実現するかが課題となった。
SAMRAIプロジェクトの運営と品質保証、および機械、熱、構造等の技術を担当する矢野は、その背景について次のように語る。
「宇宙へ打ち上げるとなると、その後は基本的にその機器に触れることはできませんし、当然のことながら修理もできません。そのような特殊な環境で、打ち上げた後に壊れては困ります。そのために、とても強い負荷のかかる環境で、膨大な時間をかけて試験を繰り返すので、どうしても予算が膨らみます。品質を維持しつつ、どこまでコストを抑えることができるのか」(矢野)

宇宙用に開発された機器を活用すれば、信頼性を高めることは可能だが、将来的に民間事業で活用するには高コストとなってしまう。それらを使えば耐えられることは分かってはいるが、高コストな従来の宇宙用機器や部品の使用を抑えつつ、どのように信頼性を担保していくか。宇宙用ではないものを、宇宙に持っていくためにどうするか。従来の目線や開発手法を根本から変える必要があった。
「考え方はがらり、180度近く変わったような気がします。ある制限や条件の中でより良いものを開発し選定していくためには、担当者の力量や姿勢が左右します」(矢野)
センサと衛星バスを合わせた衛星システムの開発を担当する小林も語る。
「今回、SAMRAIで初めて衛星搭載センサの開発に取り組むメーカーにとっては、宇宙に関する知見が十分でない部分もあり、当然ながら分からないことも生じます。とはいえ、それに対して私自身がすべて明確に答えられるわけではありませんし、私自身も考えなければならないことが山ほどあります。
ただ、それは苦労というよりは、とてもありがたいというか、やりがいを感じるところでもあります。このような非宇宙企業との挑戦的な研究開発に携わった経験がある人は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の中でも少なく、起きることのすべてが初めての連続です。しかも、今後も簡単なことばかりではないと予測しています。それでも、センサ開発などの調整に深く関わることは、なかなか得られない経験をさせてもらっているという実感があります」(小林)

センサ開発に集中するための
共通バスの活用
新しい開発手法への課題に直面
また、センサを搭載する衛星バスをゼロから開発するのではなく、すでに共通のプラットフォームとして量産されている市販の衛星バスを活用することで、衛星システム全体の開発期間やコストを抑えつつ、センサの開発にリソースを集中できる。
これまで大型の人工衛星の開発に従事してきた竹井も言う。
「将来的にSAMRAI衛星を民間が複数台上げることになりますので、それが可能なコスト規模にする必要があります。そこで、量産されている共通バスで新規センサであるSAMRAIの実証を行うという新しいアプローチをとっています。ただし、このセンサは“小型”とはいえ、その消費電力は1kWを超えるものです。一般的な小型衛星は、家庭用の電子レンジにも満たない電力しか使わないことも多い中で、SAMRAI衛星はそれを大きく上回る仕様で、質量も大きく、量産されている共通バスに搭載できるかどうか、ギリギリのラインを攻めています。2024年にプロジェクトに加わったときに、高度な性能とコストの両立を図る、非常にチャレンジングな設計だと感じました」(竹井)

品質とコストの両立を図ることができ、複数回の打ち上げ実績を有し、求める共通小型衛星バスに近いサービスを提供している企業の探索を続けた。
「当初は確実な情報がなく、国内外から幅広く企業をリストアップし、候補の洗い出しから始めました。特に小林さんが各社の衛星バスの仕様や性能を一つひとつ、丁寧に精査してくれました。当然ながら、調達後に『載せられない』という事態は許されません。細部に至るまで検討を尽くし、SAMRAI衛星に求められる機能や性能などを定義し、 複数社と協議した上でパートナーを見つけることができました」(竹井)
「センサを開発する際には、そのセンサを確実に機能させるための衛星バスの設計・開発が不可欠であり、実際に両者を一体的に開発するケースも少なくありません。しかし、バスの新規開発には多大なコストと時間を要します。
今回、私たちはミッション達成に必要な品質を確保しつつ、開発コストや期間を抑えるべく、共通バスの活用を含め、さまざまな工夫を取り入れました。バスに関してゼロから開発する領域を縮小できたことで、JAXAの技術者のリソースをセンサ開発に重点的に投入できるようになりました。こうした取り組みは、将来的に量産型の衛星システム群を活用した事業に民間企業が参入しやすい環境づくりにもつながります。研究開発段階で終わらせず、その先の社会実装や事業化までを見据えた設計思想が背景にあります」(矢野)

“革新的な人工衛星を
このコストで成立させたい”
その事例を世に示していく
JAXAにこれまでなかった新しい開発の考え方をとり、新しく刺激的な経験はプロジェクトメンバーの糧となり、力となって新たな価値を生む。SAMRAIプロジェクトを経験したメンバーは誰もがそう思っている。
「このプロジェクトにおける経験を活かして、次はどのようなことができるのか。2年、3年もしたら、より大きな共通バスもラインナップに出てくると思いますので、私たちがやれることがさらに増えていくと思うと、今からワクワクしています。そして5年、10年後には、『さまざまなセンサなどの開発を、共通バスを活用してまず試してみよう』という世界が来ると思うと、とても楽しみです」(竹井)

「民間企業が宇宙開発に参画できる世界を実現するには、参入するためのコストのハードルが高いという課題があります。それをJAXAが『このコストで革新的な地球観測衛星を成立できる』と、世に示していく必要があります」(矢野)
「時間とお金をかけさえすれば、必ず良いものができるわけではありません。時間をかけすぎると、センサ側の技術がさらに進歩していき、10年の間、莫大な予算を投入して開発しても打ち上げたときには、すでに技術的には一昔前のセンサになっていることもあり得ます。共通バスをうまく活用し、専用設計が不要になることでコストを抑え、失敗を恐れずに地上の最高性能のものでどんどんトライができるようになるでしょう。開発のスピード感もアップするでしょうし、何機も何機も打ち上げることができるようになるかもしれません。それはきっと、私たち開発者にとっても良い未来になるような気がします」(小林)

共通バスの活用と、非宇宙企業との挑戦的なセンサ開発。 SAMRAIでの取り組みが、こうした新しい衛星システム開発手法を切り拓く嚆矢となり、その成果が一般化していけば、宇宙産業や衛星データ事業への挑戦を考える企業にとってはもちろん、その恩恵を受ける私たちにとっても素晴らしい未来が拓けるに違いない。それを信じながら、SAMRAIプロジェクトは今も進んでいる。





