超広帯域電波デジタル干渉計衛星 SAMRAI(サムライ)
JAXA
超広帯域電波デジタル干渉計(SAMRAI)衛星プロジェクトにおける新しい取り組み_#01、冨井 直弥、前田 崇
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最先端のセンサ技術/
革新的なプロジェクトマネジメント手法

最先端のセンサ技術革新的なプロジェクトマネジメント手法

『SAMRAIプロジェクト』は、従来のプロジェクトとは、その立ち上がり方から大きく違っている。新しいセンサ技術という、一粒の“種”から育ててきたプロジェクトであり、ユーザーを開発初期から巻き込むアジャイル型の手法で成長を遂げてきた。必要な技術や人材を集め、異業種の知見を融合させながら、気象防災や海洋状況把握といった社会課題への貢献を目指す。誰も見たことのない景色に挑む、その新しいアプローチは、未来の衛星開発の新たなモデルケースになろうとしている。

inside the SAMRAI Project 01

ひとつの種(SEEDS)から、
すべてがはじまった

『SAMRAIプロジェクト』は、従来のプロジェクトとは、その立ち上がり方から大きく違っている。
「従来の宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプロジェクトは、“こういうものを作る”という前例があったり、あるいはトップダウンによってミッションが課せられるケースが少なくありませんでした。しかし、SAMRAIは新しい技術、すなわち“種”から育ててきたという点が大きく違っています」という前田。彼は、長年にわたりマイクロ波に関する研究を続けてきた研究員だ。 マイクロ波放射計のアイデアを温め始めてはいたものの、研究者である前田は“一人だけでは何も進めることができない”と感じていた。

「例えば、観測機器は衛星に搭載されて初めて価値が生まれます。しかし、衛星バスを開発するには、また別の専門知識が必要です。私自身はその専門知識を持ち合わせていないため、知識を持つ人たちの力を借りなければなりません。また、新しい観測機器の場合、宇宙で使える部品がなかなか見つからないという問題もあります。その場合、部品を探してきたり、見つからなければ、宇宙の厳しい環境でも耐えられるように工夫する必要があります。そうした知識も私にはないため、各分野の専門家の力が必要になってきます」(前田)

※ 衛星バスとは、人工衛星が宇宙で動くための電力・姿勢制御・通信などの基盤部分のこと
前田 崇

そんな前田の動きに注目しているJAXA職員がいた。現在、SAMRAI部門内プロジェクトチームでチーム長を務めている冨井だ。彼は、前田の技術的なアイデアに、さらにプロジェクトのあり方についてのアイデアも重ねていく。

「従来のJAXAにおける地球観測プロジェクトは、ユーザーニーズを想定しつつも、まずは衛星のハードウェアを開発することに注力し、でき上がった衛星のデータの利用促進に力を入れていました。このSAMRAIは、開発の入り口の段階からユーザーをプロジェクトに巻き込んで、共同で利用実証の設計を行いながら、バックキャストで衛星システムをデザインしていく。そのような出口と一体化したプロジェクトを進めたいと考えたのです」(冨井)

冨井 直弥

ユーザーのニーズにアジャスト
新たなプロジェクト手法の採用

冨井と前田は、開発した革新的技術の研究開発のスケールアップの機会を探していたところ、JST未来社会創造事業のマイクロ波に関する公募と出会う。地上のマイクロ波計測の開発を目指す企業や研究者も巻き込み、公募にエントリー。その結果、採択されたことで開発資金を得られ、プロジェクトが大きく動き出した。冨井と前田のもとに、SAMRAIのコンセプトに賛同する仲間たちが次々と集まってきた。蒔いた小さな種が萌芽し、その芽が面で広がっていく

「衛星プロジェクトを実現するためには、単なるセンサ開発だけでは不十分です。バスをはじめとするさまざまな部品、機器を宇宙環境で正常に稼働させるために放射線環境や熱真空といった、宇宙特有の課題に精通した専門家が必要です。成功に向けて足りないピースをどんどん埋めていく感覚で声をかけていきました」(冨井)

さらに、ユーザーやサービス提供企業等との対話を通じて、気象防災などの衛星ミッションの検討を進め、衛星システムの要求を固めていった。

「このように、従来よりもより密接にユーザー等と共同で衛星ミッションの検討を進めていく点が、これまでとは異なる新しい点と言えます」(冨井)

新たな開発手法の採用にも果敢にチャレンジした。
従来のプロジェクトでは、初期段階でミッション要求を決定し、それをできる限り変更せずに仕様を固めたうえで、ウォーターフォール型で開発を進める手法が一般的だった。この方式は品質を確保しやすい一方で、開発期間が長期化するという課題も抱えていた。
一方、SAMRAIプロジェクトでは、立ち上げ当初からユーザーやサービス提供者との対話を重視し、どのようなミッションにすべきかを共に検討するプロセスを取り入れた。これにより、要求そのものも柔軟に変化し得るため、仕様を最終確定するまでの間は、アジャイル型で要求のアップデートを重ねた。仕様確定後はウォーターフォール型に移行し、品質と確実性を担保しながら開発を進めている。

「我々は今回『アジャイル方式』という手法を取り入れました。これは、開発の初期段階からユーザーを巻き込み、対話を重ねながら開発を進める手法です」(冨井)

「長い時間をかけて開発を終えた頃には、人々のニーズはすっかり変わってしまっているかもしれません。短いスパンで常にニーズを捉え直し、プロジェクトの内容をそれに合わせて柔軟に変えていくアジャイル方式が非常に適しています。私たちは、まず衛星本体の仕様を決定するまでは、ユーザーのニーズに耳を傾けながらアジャイルに開発を進めます。その後、仕様が固まったら、その製作はウォーターフォール型で確実に行う。さらに、運用段階で新たな課題や要望が出てくれば、そこはまたアジャイル的に対応していく。このようなハイブリッドなアプローチをしています」(前田)

SAMRAIが放った革新的とも言えるメッセージは、JAXA内の技術者はもちろん、社外の事業者にもある一定以上のインパクトを与えることになった。しかし事業者との対話を重ねるなか、冨井たちが当初想定していたアイデアすべてにおいて必ずしも大きな社会インパクトを与えられるわけではないこともわかってきた。

「私たちは、そこで改めてプロジェクトを見直し、我々のデータが持つ真の価値を探求することにしました。その結果、SAMRAIが観測できる、これまでになかった高頻度かつ高分解能な水蒸気量のデータが、台風や線状降水帯の予測、つまり“気象防災”の分野で極めて有効であるという結論に達し、現在、ウェザーニューズ社などと連携しながら、気象防災への貢献を重点的な領域の一つとして開発検討を進めています。これも、ユーザーを巻き込みながらアジャイルに検討を進めてきたからこそ得られた成果だと言えます」(冨井)

他にも、船舶動静の把握など「海洋状況把握」などでも有効性が明確化できた。

「これも当初はなかった発想ですが、早期からユーザーとなり得る方々と一緒に議論しつつ、多様な可能性を探索することで強い社会インパクトを持つユースケースを識別することができました」(冨井)

前田 崇

センサの新規性が
新たなビジネスの可能性を生む

革新的な手法を採用することで共感するメンバーが集まり、力強く走り始めたSAMRAIプロジェクトではあるが、そのベースにあるのはユーザーのニーズに応えることができる確かな技術だ。

「衛星システムを構成するのは観測機器、すなわちセンサと、それを載せるバスです。衛星バスと観測機器は、まさに『車の両輪』のような関係で、どちらが欠けてもプロジェクトは成立しません。ただ、このSAMRAIプロジェクトのユニークさ、SAMRAIをSAMRAIたらしめているものは何かと問われれば、それは観測機器であると言えます」(前田)

「衛星にどんな観測機器(ミッション機器)を載せるかで、その衛星の目的が決まります。例えば、通信機器を載せれば通信衛星に、気象センサを載せれば気象衛星『ひまわり』のようなものになります。その意味で、ミッションの核となるのが観測機器です」(冨井)

SAMRAIのセンサは一体、どのようなもので、どのような特徴があるのか。

「マイクロ波と呼ばれる領域をたった1種類の機器ですべて観測しようというものです。これにより、従来は複数必要だった専用機器が一つで済み、今までスポットライトが当たっていなかった領域も観測できるようになります」(前田)

マイクロ波の周波数帯は300MHz〜300GHz程度までと広いレンジがあるが、従来は、例えば7GHzを見るための専用のセンサ、10GHzを見るためにはまた別の専用の機器が必要であり、一つの機器ですべてを見ることは不可能だった。

「観測したい周波数レンジごとに専用の機器を作る必要があったため、その機器で見ている範囲の情報は得られますが、その一方で、見ることができていない範囲に何か新しい情報が潜んでいる可能性がありました。そうした部分には、これまでまったくスポットライトが当たっていなかったのです」(前田)

「SAMRAIセンサにより、これまでになかった情報を取り出すことができるようになるわけです。それを活用して、新たな事業を展開していく。あるいは、今まで見えていなかった、まさに前田が言ったようにスポットライトが当たっていなかった部分が見えるようになる。さまざまな情報が入ってくるわけですから、その情報を活用して新たなビジネスなどの利用が生まれる可能性があります」(冨井)

冨井 直弥

根底にあるのは
後進の技術者への“思い”

前例のない取り組みをカタチにすることに注力する冨井と前田だが、その道のりは必ずしも平坦ではなかったはず。困難を承知で走り始めた二人には、それぞれに“ある思い”があった。

「SAMRAIプロジェクトを必ず成功させ、JAXAにおける新しいアプローチに基づいて、後進の職員たちが、より大きな価値を創出できる環境を整えることができるのではないかと考えています」(冨井)

「これまで誰も経験したことのないプロジェクトの先頭を走っている。初めてのことに挑戦し、誰も答えを知らない未知の領域に踏み込む。誰も見たことのない景色を初めて見るわけですから。それは、不安であると同時に、最も魅了されるポイントでもあります。そのような機会は、滅多にあるものではないと思います。やはりJAXAという場所ならではのことであり、自分の置かれている立場に感謝しつつ、取り組んでいます」(前田)

「この技術を利用するのは、気象防災や海洋状況把握に関わる方々、つまり異業種の方々です。皆さんとの交流は非常に刺激的です。我々とはまったく異なる文化を持っていて、そうした世界に触れることは本当に楽しい。私たちは宇宙開発に携わっていますが、この技術は宇宙だけの閉じた世界ではありません。異業種の世界についても学び、理解し、共に新たな技術で新たな未来を創り上げていくこと、それがこのプロジェクトの最大の魅力と言えます」(冨井)

冨井と前田が夢見たSAMRAI衛星への思いは、いくつもの新規性を伴い、他のメンバーへと広がっていった。

冨井 直弥、前田 崇
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それぞれのSAMRAIプロジェクト

冨井:JAXAの中でも、かなり個性派の面々が集まっているチームという印象です。特に私や前田、村木は個性が強いかもしれませんね(笑)
前田:どの人も個性は持っていますが、それが化学反応を起こし、それぞれの個性が輝く形で発現するかどうかが重要です。反応の仕方によっては、お互いの個性を打ち消し合ってしまうこともあり得ます。このチームでは、幸いにも良い化学反応が起きています。もちろん、難しい仕事ですから、時には衝突することもありますが、最終的には良い結果に繋がっている。それは、このチームを束ねている冨井さんの人徳のなせる業ではないかと考えています。
冨井:前田さんをはじめ、情熱的な人が集まっているのも特徴と言えますね。
前田:やはり情熱を持って生きていく方が、惰性で過ごすよりも楽しいのではないでしょうか。たまたま私の場合は、その情熱を注ぐ対象がこのプロジェクトだったというだけで、程度の差こそあれ、誰もが何かに情熱を傾けて生きている部分はあると思います。
冨井:そういった意味でも研究開発というのは、自己実現の機会でもありますから、このプロジェクトは自己表現の集大成とも言えます。それは私も前田さんも、他のメンバーも皆同じだと思います。我々は、新たな技術や知識を生み出し、その成果が世の中の役に立つことを信じているし、それを実現できるプロジェクトに参画しているという自負があります。
プロジェクト成功の鍵は、関わるメンバー一人ひとりが「このプロジェクトには自分が必要だった」「自分がいたからこそ成功したんだ」と思えることです。各々がそうした自負を持てること、それが非常に重要です。
そして、メンバー一人ひとりが「自分がいなければこのプロジェクトは成り立たなかった」と感じられるような、そういうチームでありたいですね。

冨井 直弥
冨井 直弥
第一宇宙技術部門 衛星システム開発統括付
SAMRAI部門内プロジェクトチーム チーム長

1999年に宇宙開発事業団(現 宇宙航空研究開発機構)に入社し、地球観測衛星のプログラム管理、その後、超高速インターネット衛星(WINDS)開発プロジェクトで衛星開発、WINDS打上げ後に衛星運用や通信実験に従事する。地球観測衛星に係る利用推進業務を経て、2021年に科学技術振興機構の未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)に採択され「超広帯域アンテナ・デジタル技術を用いたレーダ及び放射計の開発と実証」のプログラムマネージャーに就き、2025年現在SAMRAI部門内プロジェクトチーム長としてSAMRAI開発に従事する。
SAMRAIプロジェクトはアジャイル開発、ミッション早期からユーザーを巻き込んで将来の社会実装に向けた取り組みを同プロジェクト内で実施するなど、これまでの衛星プロジェクトと手法が異なり、日々、ワクワクしながらプロジェクトを進めています。スキマ時間はできるだけ、ジャンルは問わず文学小説を読んでいます。何と言っても小説の世界に没入すると、自分の人生では体験し得ない違った人生を歩めるからです。

前田 崇
前田 崇
第一宇宙技術部門 衛星システム開発統括付
SAMRAI部門内プロジェクトチーム 主任研究開発員

東京大学大学院修了、博士(工学)。2007年JAXA採用(任期付研究員を経て2011年からプロパー職員)。2020年まで地球観測研究センター(EORC)で衛星搭載マイクロ波放射計AMSRシリーズのデータ校正検証・解析に係る研究を行い、AMSR2では空間分解能補正済み輝度温度データセット(L1Rプロダクト)を開発。AMSR3ではこの知見から考案した超解像アルゴリズムを用いて新しい輝度温度データセット(L1Hプロダクト)を開発すると共に、仕様策定(新規観測周波数の追加)にも関与。新規観測周波数の決定を通じて、人工電波の影響を受けにくい世界初の地上用マイクロ波スペクトル放射計を開発。
2020年からこの放射計を発展させたSAMRAIの研究開発に着手。現在はSAMRAIのハードウェア・データ解析研究を継続しつつ衛星搭載SAMRAI開発を取りまとめ。ひとりで始めた研究が多くのスタッフの参画を経て育つ様子に隔世の感あり。