“社会実装”の推進チームを
プロジェクト内に置いた
SAMRAIプロジェクトの“新規性”を語るうえで重要な意味を持つのが「社会実装」というキーワードだ。理想論に留まることなく、SAMRAIがいかにして社会に貢献できるのか。それは決して宇宙航空研究開発機構 (JAXA)内で完結することではなく、多くの外部パートナーとつながり、事業開発やデータ利用について考える必要がある。その“橋渡し”の役割を担うのが、村木が率いる社会実装チームだ。
「外部機関と連携した社会実装の推進に向けて、プロジェクトの中で早い段階からチーミングをして取り組んでいるという点で、このプロジェクトはJAXAの中でもユニークな取り組みと言えます」(村木)

SAMRAIプロジェクトは、未来社会を創出する革新的な技術を研究開発するJST未来社会創造事業のマイクロ波に関する公募に採択され、走り出した。それもあり、村木は、現状だけでなく、未来社会の実現に貢献できるプロジェクトにしたいという思いがあった。
重要なのは“実際に使ってもらう”こと。
技術的な達成は言うまでもなく重要だが、技術開発の成果を橋渡しできるよう、将来的に衛星開発利用を担う民間企業が活用しやすいコスト&サイズの衛星を用意する必要がある。さらに、利用現場で必要なデータが得られ、用途に合致して価値が生み出されるからこそ、持続的な社会実装が可能となる。だからこそ利用者やサービスを提供する企業との対話が重要だった。
「これまでは、“御用聞き”のように聞き回ってニーズを掘り起こし、それに対してJAXAがサービスを考えるという、いわば“外部”と“内部”という関係性がありました。JAXAが一方的に開発し、『良いものを考えたので、どうですか』と提案するのではなく、外部の方々と衛星のコンセプト検討の段階で密にコミュニケーションし、『私たちはこの先、このような社会実装を展開し得る。なので、実証衛星はこのようなコンセプトとし、その実証ではこのようなことに取り組みましょう』という対話を、早い段階から行う必要がありました」(村木)
単に最先端の技術開発・実証を通してデータを提供するだけでなく、将来的な民間主体の衛星開発利用を想定し、費用的にも活用しやすい状況とし、事業化に向けたユースケースやその実現のための利用実証の内容も具体化していく。その中で「小型化」や「低コスト化」が重要になってくる。
「従来のJAXAの衛星は、気候変動などの地球規模課題の解決のための全体の観測や、NASAなどと肩を並べた地球科学のための非常に高い精度でのデータ取得、気象や防災分野などでの利用を推進するための着実な観測など、技術的にも最先端で、かつ日々の利用としても非常に安定性のある“手堅い”研究開発を進めてきました。その中で、一つひとつの人工衛星の開発は大規模となり、大きなコストを必要としていました」(村木)
そのようなJAXAでの衛星開発利用が進むなか、2010年代頃から、それまでに比べ大幅にコストを下げることが可能な「小型衛星」の活用が広がり、民間事業者による持続的なビジネスが成り立つ可能性が生じている。
「SAMRAIは、JAXAにおける従来の衛星開発利用が進む中で、小規模かつアジャイルな衛星開発実証のアプローチとして、世界と戦える革新的な技術の獲得にチャレンジすると同時に、その成果を社会実装につなげるという目的を持っています。過去には技術実証はしたものの、その後の事業化に結びつかなかった小規模技術実証プロジェクトの事例もありました。今回はそうした教訓を踏まえ、事業者にしっかりと橋渡しできるように、新たなアプローチを取り入れています」(村木)

想定される活用領域はいくつもある。例えば、気象分野を例にすれば、SAMRAIによって、これまでとは異なる手法で水蒸気を計測することが可能になる。重要なのは、その新たな計測手法により“具体的に何に役立つのか”、もし新しい衛星データがあれば“どのように活用でき、何が改善されるのか”という対話を、ユーザー企業はもちろん、関係する省庁やアカデミアの研究者など、さまざまなバックグラウンドの人々と共に行うことだ。
「専門家との対話の中で、例えば現在の社会問題である『線状降水帯』について、これまで観測できていなかった水蒸気のデータが不足していることがわかっています。対話を通して、新しい水蒸気観測ができることで、『線状降水帯』の予報を高度化し、より効果的に被害を防げるかもしれない、といった具体的な活用法を明確化していきます」(村木)
さらに対話の中から、従来のアプローチでは難しいが、“新しい研究開発アプローチによりアルゴリズムを工夫すれば、その要望に応えられるかもしれない”という可能性が生まれてくる。そこまで対話が進むと、今度は技術開発のチーム内で新たな議論が始まっていく。
「『線状降水帯』の観測において、JAXAの従来型のマイクロ波放射計では、二次元の面的な水蒸気量しか見えませんでした。その中で、“高さ方向の水蒸気データも合わせて取得できれば、予測の高度化に大きな効果がある”というユーザーニーズが示されました。それに対し、『SAMRAIの超広帯域でのマイクロ波観測という革新的な能力を使えば、新しいアプローチで実現可能ではないか』と仮説を立て、大学や研究機関の研究者を交えてどこまでできるか技術的な検討を行う。そして再びユーザーに提案。このようなイタレーションを繰り返し、革新的な観測能力を活用することで、従来方式とは異なる発想で利用を開拓できることが、今回のプロジェクトの面白さです」(村木)
光学衛星、SAR衛星に次ぐ
新たな「サードウェーブ」
現在、2027年度中に実証衛星を打ち上げる予定となっている。
「その打ち上げに向けて、パートナーの方々と共に、そこまでに何を詰めるべきか、そして実証機打ち上げ後にどのようにデータを活用した実証を進めていくか。その計画をまさに今、ディスカッションしながら詳細化しているところです」(村木)
さらに重要なのが、ビジネスとして成立するか否かという目線だ。宇宙ビジネス市場を俯瞰し、そのトレンドからSAMRAIの可能性を探る必要がある。
「衛星には、観測の仕組みによって大きく4つのタイプがあります。“何を使うか”と“どのように観測するか”の2軸で整理すると、4つの象限に分類できます」と説明するのは、同じく社会実装チームに所属する青出木。村木とともに事業開発を進めつつ、対外的な広報も担当すべくプロジェクトに加わったメンバーだ。
「まず1つ目は“光を受動的に捉える”タイプ。地上のカメラと同じように、太陽光などの自然光を使って地表を撮影する『光学衛星』がこれに当たります。国内外で多くの企業が参入し、民間ビジネスとして確立されつつある分野です」(青出木)

2つ目は、“マイクロ波を能動的に使う”タイプ、いわゆるSAR(合成開口レーダー)衛星だ。衛星側からマイクロ波を能動的に照射し、対象物からの反射を捉えることで地表の様子を把握。こちらも近年、民間スタートアップによる商業化が進み、国内でも上場企業が登場するなど、市場として成長を見せている。そして、まだ十分に開拓されていないのが、残る2つのタイプとなる。
「“光を能動的に使う”タイプ、つまり自ら光を照射して観測する仕組みです。近年はスマートフォンなどにも搭載されているLiDARと同様の仕組みですね。この分野もISSに搭載しているセンサを活用したMOLIプロジェクトや、JAXAも関連して取り組んでいる官民連携による光学観測事業がありますが、まだ技術的な挑戦の余地が大きい領域です」(青出木)
そして最後の1つが、“マイクロ波を受動的に捉える”タイプ、すなわちマイクロ波放射計による観測だ。
「地球や大気から自然に放射される微弱なマイクロ波を、受動的に検出するもので、降水量や土壌水分、海面水温などの変化を広範囲に捉えることができます。マイクロ波は雲を透過できるため、天候に左右されず、昼夜を問わず安定した観測が可能という特徴があります。日本は、AMSR(Advanced Microwave Scanning Radiometer)センサを積んだ衛星のシリーズで20年以上の技術的な蓄積がある分野です」(青出木)
ところが、観測可能なデータの空間分解能kmオーダーと粗く、観測データから十分な経済価値を生み出すことが困難で、これまでは商業ベースで展開している企業は世界的にもほとんどなかった。
「私たちは、次に拓かれるべき領域として、この『マイクロ波の受動観測』に注目し、その可能性に注目しています」(青出木)
このような状況を踏まえ、2024年のシンポジウムで、SAMRAIが含まれるマイクロ波の受動観測ビジネスを衛星観測ビジネスの「第3波」であると位置づけて発信した。光学衛星、SAR衛星に次ぐ「サードウェーブ」だと。
「マイクロ波放射観測を民間やアカデミアと一緒に、ビジネスとして社会実装していくことが、新しいトレンドになるのではないかと考えています。SAMRAIプロジェクトだけでなく、この分野をビジネスにしようとしているスタートアップの取り組みもすでに出始めていますし、国内の商社なども含め、私たちと一緒にやろうと声を上げてくださっている方々も現れています。ここがきっと、3つ目の波になると考えています」(青出木)

高精度な観測データを得られると同時に、小型化も可能でコストも抑えられるSAMRAI。JAXAの技術力が、その両立を可能とし、これが進めば民間でもビジネスとして活用できるようになる可能性がある。
「SAMRAIプロジェクトが実現すれば何ができるか。まず私たちが目指しているのは、気象分野、海上状況把握、持続的な漁業、洋上風力発電の4カテゴリー。これらの分野でデータを収集し、分析等のサービスを提供するビジネスを創出したり、そのデータを使いたいユーザーのために衛星そのものを製造・提供する、メーカー的なビジネスを展開することも可能になるかもしれません」(青出木)
宇宙ビジネスは可能性を秘めている一方で、人工衛星の膨大な開発費を投じて持続的に利益を出しながら事業を行うことは、未だに大変チャレンジングなことと認識されているという実情がある。そこを打破し得るのが、SAMRAIデータの「デュアルユース性」だ。
「SAMRAIの観測データは安全保障分野で活用し得ると同時に、データを処理することで気象や漁業など民生分野でも利用可能。この両方を成り立たせることで、安全保障需要に対応しつつ、GXやDXへの取り組みも広げていくという、新しい持続可能な衛星事業のポテンシャルがあるのではないかと考えています」(青出木)
村木と青出木は、SAMRAIは革新的な技術の開発実証と、その先の宇宙ビジネスとしてのポテンシャルが両立する希有なプロジェクトと自覚。その社会実装を目指して、さまざまなパートナーと共に事業開発の取組を進めている。
熱源となっているのは、
メンバー一人ひとりの熱量
前例のないプロジェクトを進めるため、JAXA内部でも前例のない役割を担う人材が必要になる。事業開発・広報を担当する青出木もまた、このSAMRAIプロジェクトに魅了されJAXAに入社したメンバーのひとりだ。
現在は新メンバーを迎え入れるために採用広報にも注力している。
「SAMRAIは、ただ衛星を作るだけでなく、そのデータを研究し、アルゴリズムを開発し、社会に実装していくという、非常に拡張性の高いプロジェクトです。今後やれることが広がれば広がるほど、それを担う人材が必要になります。今回のインタビュー記事や動画では、このプロジェクトの醍醐味やメンバー一人ひとりの個性や想いを感じていただけると想います。少しでも興味を持っていただけたら、ぜひご応募、お声がけいただければと思っています」(青出木)
では、どのようなメンバーを求めているのだろうか。
「すでに、我々が想定している専門分野、例えば気象アルゴリズムの開発経験がある方という具体的な条件もありますが、それと同時に、このプロジェクトの可能性を信じ、共に未来を拓いてくれる仲間を、広く募集している段階です。JAXA内の他の部門にもSAMRAIプロジェクトの存在を伝え、“興味のある人はいませんか”と広く声をかけ始めているところです」(青出木)
“枠があるから人がはまる”という単純な話ではないと村木は言う。
「我々のチームはスタートアップのような性質を持っており、一人ひとりの責任が大きく、それぞれが能力を最大限に発揮しなければならない局面が多々あります。そのため、その分野において能力を持ち、強い意欲のある人をチームに迎えたいのですが、そうした優秀な人材は往々にして他の業務で多忙であったり、別のことに関心を持っていたりします。ですから、まずはそうした人々に我々のプロジェクトに振り向いてもらう必要があります」(村木)
もちろん、引き続き外部パートナーも求めている。すでに接点のある気象防災、海洋状況把握、洋上風力発電、そして漁業の4分野はもちろん、それ以外の可能性を閉じるつもりはない。
「個別の打ち合わせを通じて発見されるニーズもありますし、我々が2024年に開催した『SAMRAIシンポジウム』のような場から生まれることもあります。このシンポジウムは青出木が中心となって企画したもので、SAMRAI衛星のさまざまな使い道をご説明したところ、参加されていた損害保険会社の方が『興味があります』と声をかけてくださり、そこから話が広がったケースもあります」(村木)
これほどまでに産学官がそれぞれ「主体」として、つまり「当事者」として一体となり、一つの衛星を作ろうとしているプロジェクトは、未だかつてなかったのではないかと青出木は言う。
「関わる一人ひとりが、それぞれの強みを発揮し、意見を出し合い、試行錯誤しながらプロジェクトを進めています。あくまで私の視点ですが、このプロジェクトチームに参加して1年、一番の熱源となっているのは、やはりSAMRAIプロジェクトチームのメンバー一人ひとりだと感じています。その熱意がまた新たな仲間を呼び寄せている。その連鎖のストーリーこそが、私が一番好きだと感じる部分です」(青出木)
村木も、その“熱源”について次のように語る。
「“今まで人類が持っていなかった新しいデータが手に入る”という点において、ワクワクしています。そのデータは、ひとりの天才が用途を見つけられるようなものではありません。だからこそ、多くの人々に知っていただき、実際に触れてもらうことで、新しい用途を見出していく。研究開発法人としては、そうした新規の技術の確立やデータの取得、活用に挑戦し続けてほしいと個人的には思いますし、それが、SAMRAIの強いアイデンティティではないかと考えています」(村木)
技術実証が終わった後の社会実装を、民間企業に引き継ぐのは、非常にチャレンジングなことであり、だからこそ“熱量”が重要になってくる。
「JAXAが主体となって衛星を打ち上げるのではなく、自分たちではない他者の活動を応援し、後押しをする。その方々がどのようにすれば事業化に意欲を持つのか、モチベーションを高める働きかけも必要ですし、共に実証を行ったりエンドユーザーを開拓したりと、対等な立場で二人三脚で進めていくことが求められます。非常に挑戦的ですが、JAXAが開発した技術を社会に橋渡しし、また次の新しい技術開発へとつなげていくことができます」(村木)
JAXAが開発した技術をひとりでも多くの人に活用していただく。それこそが真の社会実装であり、SAMRAIプロジェクトの最も重要な部分となるのは間違いない。


