蓄積された知見を活かし、高性能かつリーズナブルな価格の製品を開発
株式会社ジェネシア江野口 章人
超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」は、地球観測などで利用する画像の撮影分解能を高めるため、新しい方法を採用した衛星です。 多くの衛星の高度が600~800kmなのに対し、高度300kmより低い軌道を飛ぶ「つばめ」は、観測機器の小型化や低コスト化に資するプラットフォームとして期待されています。 「つばめ」に搭載されている光学機器「小型高分解能光学センサ(SHIROP)」を開発した株式会社ジェネシアの江野口章人さんにお話をお聞きしました。
江野口さん
―「つばめ」のどのような部分を担当したのですか?
弊社が開発担当したのは「小型高分解能光学センサ(SHIROP)」、地球周回軌道上から地表を撮影する光学望遠鏡です。 ほかの地球観測衛星に搭載されてきた望遠鏡と大きく違いませんが、「つばめ」の場合、どんどん軌道を下げて地表に近づいていきます。 それは地表がだんだんよく見えるようになるということですが、いろいろな問題も現れてきます。その1つが原子状酸素に関連する損傷です。 「つばめ」が飛行する超低高度には、太陽からの紫外線によって原子状になった酸素が存在していています。そこは物質がすぐにも、激しく酸化されてしまうというきびしい環境なのです。 このことを考慮しなくてはならないSHIROPの開発にはこれまでにない苦労がありました。
―開発の際、特に苦労したのはどんなことでしょうか?
まず、原子状酸素による損傷から望遠鏡を守る表面素材の選択には苦労しました。
原子状酸素に耐えられるようなものでなければ、短時間のうちに塗装がなくなってしまい、構造の地肌が露出し、結果として、光学性能も構造の剛性も蝕まれてしまう懸念がありました。
SHIROPは、これまで私たちが開発したどの宇宙望遠鏡よりも、表面素材の選択難度の高いものでした。
しかしそれ以上に苦労したのは、地上試験の結果からどうやって打ち上げ後の性能を推定・保証するか、という課題でした。
打ち上げ前の地上試験では空気や吸湿の影響を取り除くため真空チャンバにいれることはできますが、宇宙空間と同等の重力環境は得られません。
この不都合を、原理や構成の違った測定や数値解析結果等を組み合わせることで解消しようとしました。
測定装置の内部の挙動を測定・評価したり、異なる装置から得た測定結果を互いに照らし合わせて整合性を確認したりして、合理的な解析だと確信できるまでモデル計算に修正を繰り返しながら、
少しずつ信頼性を高めていくことで、最終的に何とか、信頼に足ると考えられる性能評価を実現することができました。
限られたスケジュールと費用、人員で達成しなければならない状況の中、慎重な机上検討で無駄な試験の回避に努め、加えて社外の開発チームの皆様のご支援も仰ぐことで、何とか現実的な解決策を見出すことができました。
クリーンブース
―数多くのメーカーがある中で、ジェネシアが選ばれる強みとは?
宇宙関係ですとたとえば、(注1)小惑星探査機「はやぶさ2」の近赤外分光装置(NIRS3)、
(注2)地球観測衛星「ほどよし1号」の高解像度ワイドフィールドカメラ、(注3)
地球観測衛星「雷神-2」の高解像度多波長撮像カメラ、の光学系部分の開発を行ってきました。
赤外線天文衛星「あかり」や太陽観測衛星「ひので」の光学系部分にも力を注ぎました。
どれもお客様の「これを見たい・測定したい・知りたい」といった願いを実現しつつ、合理的なシステムを、お客様と工夫しながら作り上げていったものです。
こうしたプロセスに喜びを感じている社員が集まっているところが強みだと思います。そこから生まれる品質・性能を評価頂いているものと感謝しています。
強い衝撃や大きな温度変動に対して性能の劣化を抑えた光学機器をコンパクトに実現している点も私たちを選んでいただける弊社の強みの1つかと思います。
社内風景
―宇宙に関わる仕事のやりがいは?
地球観測画像は、農業や漁業だけでなく自然環境保護などでも役立っています。 また(注4)「はやぶさ2」のような小惑星探査では、太陽系の歴史の解明など科学の発展にも貢献することができます。 きれいな画像を撮影するだけではなく、さまざまな分野に繋がった仕事ができるというのがやりがいですね。
―江野口さんがジェネシアを就職先に選んだ理由は?
開発の最前線に立って、「この機器の生みの親は自分だ」と心から確信できるものを作り上げていく。 それができるのはこの会社だ、と考えたからです。 ジェネシアでは、自分のやりたいことが150%できると思って入社しましたが、実際には200%以上やり切れていると感じています。
―これからの目標を教えてください。
入社当初より宇宙望遠鏡を作りたい!と強く思ってきましたが、今はそこでの知見を全く別のアプリケーションにも発展させています。 顧客の細かな要望を実現するためのシステムをゼロから作っていく。 結果として、産業や科学の役に立つ仕事にこれからもチャレンジしていきたいですね。 そして「こんなことができるのか」という驚きを皆さんと共有していきたいと思います。
- 【注】
- (注1)小惑星探査機「はやぶさ2」 の近赤外分光装置(NIRS3)…赤外線で小惑星の表面をスキャンし、鉱物分布を調べる装置。
- (注2)地球観測衛星「ほどよし1号」の高解像度ワイドフィールドカメラ…東京大学と企業が共同開発した超小型衛星「ほどよし1号」に搭載された光学カメラ。
- (注3)地球観測衛星「雷神-2」の高解像度多波長撮像カメラ…北海道大学と東北大学が共同開発した超小型衛星「雷神-2」に搭載された光学カメラ。
- (注4)はやぶさ2…JAXAが開発した小惑星探査機。小惑星リュウグウのサンプルリターンが計画されている。