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カーナビゲーション開発者 安藤斉

GPSカーナビゲーションシステム(以下カーナビ)を市販モデルでは世界で初めて開発・販売したパイオニア株式会社。安藤斉さんは、その開発陣の一人として黎明期を支え、のちの発展にも大きく貢献した、まさにカーナビの第一人者です。現在もカー技術部 ソフト研究開発部の部長として、最新カーナビ開発の陣頭指揮を執る安藤さんに、GPSカーナビ進化の歴史や開発秘話、みちびきプロジェクトやQZSSの可能性について、存分に語ってもらいました。

Section 1“CD”にみちびかれカーナビの世界へ

―― 準天頂衛星初号機は愛称を「みちびき」といいます。その愛称にかけて、安藤さんが何にみちびかれてカーナビ開発者になったのかを教えてください。

安藤斉さん(以下、安藤)私が1980年に入社した当時のパイオニアは、オーディオ事業がメインの会社でした。私もその分野に携わるために入社したのですが、ちょうどそのころはアナログからデジタル、つまりレコードやテープからCD※1に移行する先駆けの時期でした。やがてCDの市場が本格的に立ち上がってくると、今度はこのメディアをCD-ROMとして使って、音楽以外のアプリケーションを作れないかということで研究が始まり、私もプロジェクトメンバーの一員となりました。CD-ROMの640MBというデータ容量は当時としては画期的な大容量であり、何かに活用したいと考えたわけですね。そうして様々な検討がされる中で、地図データをデジタル化して記録したCD-ROMをカーナビで使ったら面白いのではという話になり、そこからカーナビの開発が始まりました。こう振り返ると、“CD”にみちびかれて、カーナビの開発者になったといえますね。

※1 CD、CD-ROM:コンパクトディスク(Compact Disc)。CD-ROMとは、CDを使ったコンピュータ用の読み出し専用記録メディア

―― CDがみちびいたとは、パイオニアの技術者らしい経緯です。その頃は、カーナビが世の中に登場した時期と重なりますね。

安藤:1981年、ホンダが世界初のカーナビ「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケーター」を開発し、アコード※2に搭載しました。これは、ガスレートジャイロ(物体の角度や角速度を検出する計測器)などセンサーによる慣性航法を採用したカーナビです。地図が印刷された透明シートをブラウン管の画面にセットし、自車位置を初期値として入力して走り始めると、軌跡が光点として示され、今どこを走っているかが地図上に示されるというものです。しかしながら正確な自車位置を計測するには、既存のセンサーだけでは限界がありました。私を含めてパイオニアの開発陣は、それらを打破するものはないかと根気良く探していったのです。

※2 HONDAアコード:本田技研工業が生産する中型乗用車。初代車は1976年に発売。1981年発売の2代目に世界初の民生用カーナビがオプションで用意された。

―― そんなとき、GPSによる測位技術を知ったわけですね。

安藤:GPSはアメリカで1960年代から研究が進められ、私たちが着目した80年代後半の頃は、システムの構築に向けて衛星を打ち上げている最中でした。衛星を使って自分のいる位置を測位できるという壮大な話をはじめて聞いたときは、まさにいままでの課題を打破するものはこれだと直観しましたね。従来のセンサーだけで示す位置は相対値だったので、どうしても誤差が蓄積し位置ズレが生じてしまいます。それに対し、GPSは地球上の位置を絶対値で示すため、理論上ズレることはありません。この絶対的な測位技術は、まさに私たちが探していたものでした。

―― 船舶では既に使われていたGPS機器を購入して、研究したそうですね。

安藤:その頃、船の世界では「ロラン※3」という測位システムが採用されていました。海岸線から発信される電波を受信し測位するものですが、GPSでも測位できる機器が存在していました。当時GPS衛星は試験衛星が7個程度しかなく24時間測位できないためロランと併用する受信機が製品化されていました。この機器を購入して、GPSとはどういうものか、車を使って実験してみました。すると、自車の位置を正確に表示したのです。大いに手応えを感じましたね。この実験がGPSカーナビの開発へシフトする大きな転機となりました。

※3 ロラン(LORAN):LOng-RAnge Navigation(長距離電波航法)。船舶が洋上で船位を測定するための電波を発信するシステム。現在はGPSの普及に伴い規模が縮小されている。

Section 2「道は星に聞く」―― GPSカーナビ誕生

―― 実際の開発では非常に苦労したと聞いています。

安藤:カーナビの技術的な要素は、(1)GPSを含むセンサー類、(2)地図データに分けられます。(1)はさらにGPSからの信号を受けて絶対値を測位するGPS系と、ジャイロのような角加速度計などのセンサーを使って相対値(位置や速度)を計算する慣性航法系に分かれます。それらの技術を一から開発するわけですから、大変な作業でした。ただし、GPSでは運良くアメリカの有力な会社と手を結ぶことができたり、地図データでは測量会社と提携し上手く協業できたなど、非常にラッキーな面もありました。

―― そうした開発の紆余曲折を経て、1990年に世界で初めてGPSを使った市販のカーナビ「カロッツエリア AVIC-1」を発売しましたね。

安藤:このときは、今まで世の中のどこにもないものを出したのですから、それは感動しましたね。特に、AVIC-1の広告を本社に向かう山手線の車内で目にしたときは、心にグッときました。何せ、キャッチコピーが「道は星に聞く」ですから。GPSを星に見立てた、すごいいいコピーだな、これは開発者冥利に尽きるなと、しみじみ実感したのを今でも覚えています。

―― それ以後、カーナビはパイオニアが切り拓き、飛躍的に進化していきます。

安藤:車の車速パルス※4の活用もその1つですね。ただし、当時は市販車の車速パルスのデータがどの配線から取得できるかは車によって異なるため、車種ごとに調べる必要がありました。そこで自動車整備工場と提携し、車を借りてきて一台一台地道に調べ上げました。ダッシュボートの下に隠されている数多くの配線の中から、車速パルスのデータが来ている1本を探し出すのです。調べた結果は車速パルスの接続マニュアルとして、一冊の本にもしました。この本は今でも改訂を続けながら使われていると思いますよ。

※4 車速パルス:車速パルスとは、車の車軸の回転数に応じて発信される信号のこと。パルス信号の数で走行速度を計算することができる。カーナビで活用することで、より正確な自車位置の計算とナビゲーションが可能となる。現在はオーディオ用コネクタに車速パルスの信号があって、接続すれば簡単に取得可能。

―― 地図データも進化を遂げていきますね。

安藤:最新の地図、より詳しい地図に更新しています。そのためデータ容量はどんどん大きくなり、1996年にはCD-ROM7枚分にまでなってしまいました。そこで、1997年にその頃家庭用ビデオ再生機のメディアとして開発が進んでいたDVDに着目し、DVDを使ったカーナビを世界に先駆けて開発し、販売したわけです。でも、さらに詳細な地図エリアの拡大や店舗名など検索データの挿入、高速道路の料金計算などに対応したために、DVDの容量ではあっという間に足らなくなりました。そのため、2001年にパイオニアはこれも世界初となるハードディスク搭載のカーナビを商品化しました。こう見ていくと、カーナビの歴史は、メディアチェンジの歴史ともいえますね。なお、最新のパイオニアのカーナビでは、最も燃費が安く済むルートを選別するなど環境対応系の機能も充実させています。

Section 3「SA解除」の衝撃

―― カーナビを開発してきた中で、最大のインパクトは何でしたか?

安藤:GPSのSA解除※5でしょうね。当初、GPSにはアメリカが軍事的に優位性を保つために、SAと呼ばれる利用制限がかけられており、誤差は100mとも言われていました。しかたなく、私たちは慣性航法による計測をメインにして、GPSはあくまで補完として使っていました。

※5 SA解除:SA解除とは、Selective Availability=選択利用性と呼ばれていたGPSの機能制限。2000年5月、アメリカ国防総省によって解除された。

―― それにしても誤差100mではあまりにも精度が悪いですね。

安藤:そうです。そこで、業界の関係各社が出資して会社を作り、その会社が1994年にFM多重放送を利用した「ディファレンシャルGPS(DGPS)※6」という、GPSの誤差を修正して精度を高める技術を開発し、業界全体に導入を図りました。誤差は大幅に軽減され、対応したパイオニアのカーナビも大ヒットしましたよ。しかし、2000年5月に事件は起こりました。アメリカが予告なしにSA解除に踏み切ったのです。これは―もちろん喜ぶべきことですが―本当に突然だったので、業界全体が騒然としました。SAがなくなると、GPS単体でも誤差は10m程度までに軽減されます。結果、せっかく導入したDGPSも、わずか6年でカーナビにとっては必要なくなりました。ちなみに、DGPSは携帯電話の測位で今でも使われています。

※6 ディファレンシャルGPS(DGPS):地上に設置された基準局でGPSの計測結果の誤差を修正し、位置情報の精度を高めるシステム。

―― 誤差10m程度までくるとかなりの精度ですね。

安藤:はい。SA解除で基本的にはGPSだけでナビゲーションが成立するようになりました。これは私たち開発者にとって非常に大きなことでした。

―― GPSによる測定値がほぼ絶対値になったといえますか。

安藤:いや、そうとも言い切れないのです。なぜなら、走行中の車は動いているので、GPSからの信号により測位した位置は、1秒前か、数秒前か、いずれにせよ少し過去に車がいた位置です。よって、そのまま表示すれば現在位置とのズレが生じるため、カーナビを見ているユーザーの感覚に合わせて位置を補正する必要があります。その補正によって、いかにユーザーが正しいと思える位置を表示させるかが、カーナビ技術者の腕の見せ所となります。

Section 4民間での発展に必要なビジネス思考

―― カーナビは運転者の利便性を飛躍的に高めました。安藤さんご自身も使って実感されていると思います。

安藤:もうカーナビなしでは運転できませんね(笑)。私がカーナビを研究し始めたのは1985年ごろですが、実験を兼ねて試作機を車に設置して運転していました。その頃から、こんな便利なものを使ったらユーザーは手放さないだろうと思っていました。実際、そうなりましたね。

―― カーナビはいつ頃から一般的に普及し始めたと考えていますか?

安藤:普及する鍵を握っていたのはやはり価格でした。1990年に私たちが出した世界初のGPSカーナビは、フルセットで購入すると70万円もするもの。二代目の商品も30万円台で購入する層は限られていました。しかし、1993年に競合他社が10万円以上安い商品を出し、これがきっかけとなって一気に普及し始めました。

―― GPSはその後、携帯電話など幅広い製品に使われるようになっていますね。

安藤:実は、車や携帯電話以外にも、GPSが貢献していることがあります。それは「時刻」です。すべてのGPS衛星に内蔵されている時計は、完全に同期しています。少しでもズレてしまうとシステムが成り立たなくなるため、全衛星が世界一正確に時を刻んでいます。よって、GPSの時刻は、正確な時刻を必要とする世界中のPCやサーバーなどで採用されています。この時刻の部分でもGPSの貢献度は大きいですね。

―― 今後はどのような活用が進むのでしょうか。

安藤:今までアメリカは無料でGPSを開放し、使う側も恩恵を受けています。そうした中で次は、それぞれのユーザーのリアルタイムの位置情報というものを、どのようにビジネスに結び付けていくかが、ポイントになると思います。ビジネスにつながらないと、民間での発展性を望むのは難しいですからね。

Section 5ビジネス化には継続性がカギ

―― QZSSの話を聞きたいのですが、現状をどのように見てみますか?

安藤:初号機「みちびき」が打ち上げられ、その後、2号機、3号機と続いて打ち上げが実現しシステムが完成すれば、測位の精度が高まります。精度が高くなること自体は、非常に良いことだと思います。個人的には、もう少しビジネスに結びつくような展開があればと考えます。QZSSは科学的な実証実験の意味合いもあると思いますが、それが実験にとどまらず、将来的にシステムが本稼動して継続するような体制が、ビジネス化のためには必要となるでしょう。

―― 実際にQZSSで恩恵を受けられる事例として、期待されるものは?

安藤:(1)高精度な地図の作成、(2)土木・建築での利用、(3)室内測位、などが考えられます。まず、(1)ですが、カーナビの開発者の立場から、QZSSにより測位された非常に高精度な地図データが作成されることに大いに期待したいですね。地図データは、センサー類と並んで、カーナビにとって非常に重要な技術的要素です。その高精細で統一的な地図データが作成され、民間でも利用できるようになれば、業界的にも非常にメリットが大きいです。

―― センサーによるリアルタイム測位以外でも、地図作成という活用が考えられるわけですね。

安藤:さらに(2)については、既に現場で土地を測量するときにGPSを使った機器を利用しています。QZSSの信号によって、精度の高い測量がスピーディーにできる可能性があります。また高精度なQZSSとindoor GPSによって(3)が実現することも考えられます。例えば、携帯電話で信号を受信できるようにして、携帯者がビルの何階のどのあたりにいるのかが把握できるようになれば、ビジネスチャンスへの発展性が見込めます。

Last Sectionやってみることが肝心!

―― ビジネス思考の一方で、技術を高めるというサイエンスの面についてはいかがでしょうか。

安藤:私はサイエンスではやはり「世界で一番じゃないといけない」と思っています。そのためには、宇宙事業でも資金を充当し、実際にやってみることが肝心だと考えています。例えば、イトカワなどの惑星探査についても、探査機が惑星を追いかける技術は、打ち上げて運用してみなければ磨くことはできません。

―― 日本が自前で測位衛星を打ち上げることの意味はどう考えますか?

安藤:「国産初」の測位衛星により、良い技術が確立されれば、若い技術者の興味も高まって、この分野に人材も集まりやすくなります。日本の技術力を進化させるため、また日本のエンジニアを育てるためには必要なことだと思いますね。日本の国力を維持するためにも意味があることでしょう。いずれにせよ、みちびきプロジェクトがこうした次へのステップにつながればと思います。

―― みちびきによるブレイクスルーを期待したいですね。有難うございました。

安藤斉さんプロフィール・略歴
パイオニア株式会社 カー技術部 ソフト研究開発部 部長

1980年 パイオニア株式会社 入社 技術研究所に配属
1990年 市販商品としては世界初のGPSカーナビゲーション「AVIC-1」の開発に従事
その後1997年 DVDカーナビ、2001年 HDDカーナビの開発かかわりながら現在に至る

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