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「みちびく人々」宇宙飛行士 山崎直子

2010年4月5日、山崎直子さんは宇宙に旅立ちました。ミッション名は「STS-131」。スペースシャトルによる通算131回目の飛行となるこのミッションは、補給物質や実験ラックなどを多目的補給モジュール「レオナルド」に搭載し、運搬することを目的とした、ISS(国際宇宙ステーション)の組立・補給フライトです。山崎さんは、ISSやスペースシャトルのロボットアーム操作、物質移送作業全体の取りまとめ(ロードマスター)を担当。任務を全うし、4月20日に無事帰還しました。その大役を果たした山崎さんが、今回のミッションで感じたことや、JAXAの宇宙事業、準天頂衛星「みちびき」について語ります。

Section 1みちびいたのは「宇宙」そのもの

―― 準天頂衛星初号機は愛称を「みちびき」といいます。その愛称にかけて、山崎さんは何にみちびかれて宇宙飛行士になったのか聞かせてください。

山崎直子さん(以降、山崎):最初に宇宙を意識したのは小学校低学年のときです。天体望遠鏡で月や土星を初めて見ましてね。月のでこぼこした様子が観察できたり、土星の輪がはっきりと見えたことに感動しました。宇宙ってすごいな、きれいだなって。それに、SFにも感化されましたね。特に、銀河鉄道999や宇宙戦艦ヤマトなどのアニメに影響を受けました。こんな宇宙船があったらいいな、これで宇宙にいけたらいいなと、いつも想像を膨らませていました。

―― 子どものころから宇宙への憧れが強かったのですね。

山崎:そう。それに加えて、中学3年生のときスペースシャトル打ち上げのテレビ中継を見たことも大きな転機でした。そのスペースシャトル「チャレンジャー号」は、打ち上げ途中に爆発してしまい、非常にショックを受けました。でも同時に、SFの世界ではなく、実際に宇宙船は存在し、宇宙飛行士が宇宙に行っていることをそのとき初めて知った。そのことが強く胸に残りました。

―― その後も宇宙を意識しながら、進路を選ばれていますね。

山崎:そうですね。私は絵を描くのが好きで、高校時代は設計図面を引く作業に憧れていました。そこで将来的に、設計と元々好きだった宇宙を両立させる道はないかと考え、航空学科を選び、宇宙について本格的に勉強し始めました。こう振り返ると、まさに小さいころから「宇宙」そのものにみちびかれ、人生の進路が決まっていっているのかもしれませんね。さらに、研究を続けるために大学院に進学し、在学中に1年間、米国の大学にも留学しました。そして留学中に、宇宙飛行士に初めて応募したのです。でもそのときは実務経験が足りず、書類審査で落ちてしまいました。

―― 大学院修了後はJAXAの前身であるNASDA(宇宙開発事業団)に入社し、1998年に再度応募。その2度目の挑戦で、見事、宇宙飛行士候補者に選抜されましたね。

山崎:はい。でも、実はそこから宇宙に行くまでが、本当に長い道のりでした。状況にもよりますが、日本人は候補者になって宇宙に行くまで、だいたい平均10年くらいかかっています。宇宙に行くための基礎訓練とミッションに特化した訓練を合わせると、合計約4年。それで準備は整います。しかし、その間にスペースシャトルの事故が起こり、2年以上肝心の宇宙船自体が飛べない期間があったりしました。昔の毛利さん、土井さん、向井さんの時代には、チャレンジャー号。私たちの時代には2003年のコロンビア号の事故がありました。それを乗り越え、約10年を経て、ようやく宇宙に行く夢がかなったのです。

Section 2宇宙への旅、それはふるさとへの旅

―― 念願かなっての宇宙への旅。その印象はいかがでしたか?

山崎:ひと言でいうと、「ふるさと」に戻っていく感覚でした。

―― 「ふるさと」……ですか?

山崎:これは、私が小学校の理科の授業で習ったことに関係しています。授業では、私たちの体が窒素や水素、酸素、鉱物でできていると、教えられました。そして、それは、星を作っている成分とほぼ同じであるとも。つまり、ビッグバンが起こって宇宙が誕生し、星が生まれ、そのかけらで、私たちの体も作られたわけです。そのことがずっと心の中に残っていて、宇宙に出たときもすべてが生まれた“ふるさと”に戻っていくような感覚でした。すごく懐かしい感じがしましたね。

―― 懐かしい感じ。ほかの宇宙飛行士からは聞かないコメントですね。

山崎:人間の体は約60兆の細胞でできています。その細胞の一つひとつのDNAには、この地球に生命が誕生してから30億年分の歴史が刻まれているはずです。しかし、実際に使われているDNAはわずか10%位で、大半が眠っているといわれています。その眠っている部分が呼び起こされるような感覚にも捉われましたね。懐かしさや、ふるさとに戻る感覚は、もしかしたら、DNAが目覚めたことが原因なのかもしれません(笑)。

―― 宇宙酔い(※1)にはならなかったのでしょうか?

山崎:それがならなかった。私は子どもの頃に乗り物酔いをしやすい体質だったのに。乗り物酔いと宇宙酔いの症状は一緒ですが、相関関係はないのです。でも、宇宙酔いをする人でも、1日、2日経てばたいてい治まります。人間の体は、宇宙に順応するようにできているのかもしれません。

※1 宇宙酔い:宇宙酔いとは、宇宙飛行士が宇宙空間の無重力状態において引き起こす、めまい・嘔吐・食欲減退などの乗り物酔いに似た症状。

Section 3宇宙でも活用されているGPS

―― さて、みちびきやGPSなどに関して、うかがいたいと思います。JAXAは2009年にISSに物資を輸送するHTV(宇宙ステーション補給機)を打ち上げましたが、ISSとのドッキングの際にGPSの技術が使われたと聞いています。GPSから割り出したISSの軌道位置や速度情報を、ISSがHTVへ無線通信で提供したようですね。

山崎:そうです。GPSのおかげで、HTVは自動制御によって、見事ISSまでランデブし、ドッキングに成功しました。この成功は、国際的にも高く評価され、私たちも日本人として、非常に誇らしく思いました。

―― 宇宙でもGPSは活躍しているのですね。

山崎:ISSではロシアのセグメントで、ロシアの衛星測位システム「GLONASS (Global Navigation Satellite System:グロナス)」(ロシア版GPS)を使って、ISSの位置情報や速度情報の測定もしています。それらの情報は、アメリカがステートベクトルという手法で計算している情報とマッチングさせて、より正確な位置情報、速度情報の割り出しに活用しています。また、スペースシャトルでも、着陸時の誘導にGPSを取り入れる試行をしています。

―― そのほかに、ISSにおけるGPSや、みちびきの利用は考えられますか?

山崎:ISS滞在中は記録目的もあって、デジカメで地球の写真を数多く撮ります。写真は帰還後、記録した時刻をもとに、ISSの軌道上のどの位置で撮影したものか割り出し、地図上にマッピングしていきます。ただ、その作業は結構手間がかかります。そこで、市販されているGPSカメラに注目したいです。地上であれば、撮影した場所が地図上に自動的にマッピングされるので、非常に便利です。私たちと一緒に飛んだスペースシャトルのコマンダー(船長)は、大のカメラ好きで、宇宙でもクルー皆でたくさんの写真を撮りましたが、もし、そのカメラのGPS機能が宇宙空間でも活用できたら、マッピングも簡単にできますよね。

―― 確かに、時刻から撮影位置を割り出すのは手間がかかりそう…

山崎:ISSは地球の周りを90分で1周します。秒速8キロですから、1秒、2秒間違えても、大きな誤差となってしまいます。GPS機能があれば、そのミスがなくなります。さらに、GPSの信号を補強・補完する「みちびき」によって位置情報の精度が高くなれば、より正確にマッピングできそうですね。

―― GPSを補完、補強する「みちびき」はアジア・オセアニア地区を8の字の軌道を描いて動く衛星であり、そのエリア内で有効です。もし、将来的にGPSカメラが宇宙でも使えるようになったら、「みちびき」の効果を実感していただくためアジア・オセアニア地区の真上にいるときに、たくさん写真を撮っていただければと思います(笑)。

Section 4日常に、救助に、活躍するGPS

―― 地上でもGPSの活用は進んでいますよね。携帯電話やカーナビはもちろんのこと、子どもやお年寄りの居場所を把握し、セキュリティに役立てるサービスも普及しています。山崎さんにとっても期待するところは大きいのではないでしょうか?

山崎:GPSによる位置情報サービスは子どもやお年寄り、彼らを見守る家族の双方にとってメリットがありますね。子どもやお年寄りは自分たちがどこにいるのか分かるし、家族にとっても安心。双方向の安心感が個人的には有用だと思います。

―― 「みちびき」で、より正確な位置が分かると、安心感はさらに増すのではないでしょうか。

山崎:あとは、「みちびき」によって、山などでGPSの信号が受信しやすくなるのはいいことですね。

―― 「みちびき」は日本上空に滞在するので、GPSの信号が受信しにくい山の谷間などでも受信が可能になります。位置情報の精度向上が期待されていますね。

山崎:私たち宇宙飛行士は、宇宙での対応力を高めるために、山などの自然環境でサバイバル訓練をすることがあります。そこで、「みちびき」を含めたGPSで自分の位置情報が正確につかめれば安心です。

―― ちなみに、山ではどのような訓練をしますか?

山崎:NASAの訓練の1つに、「NOLS(ノルズ)」(National Outdoor Leadership School)に参加するプログラムがあります。ノルズは、厳しい自然環境の中をグループで行動し、協調性やリーダーシップ、フォロワーシップを鍛える訓練です。宇宙飛行士だけでなく、学生や企業のリーダー、マネージャークラスなどが参加します。色々なコースがあるのですが、私が参加したのは米ワイオミング州にあるロッキー山脈を10日間かけて探索するもの。参加者はグループ分けされ、グループ内では日ごとにリーダーが変わり、残りのメンバーはフォロワーとしてサポートします。渡されるのは、地図とコンパスという原始的なツールだけ。それを頼りに行動していくわけです。

―― 宇宙空間と同じ、閉ざされた環境での訓練ですね。

山崎:普段は、訓練目的のために地図とコンパスを頼っていても、緊急事態時には、GPS端末があれば、自分の位置情報が正確につかめて便利ですね。

―― そうです。訓練とは少し話題が離れますが、山岳では遭難が発生することもあります。その救助の際に、もし遭難者がGPS端末を持っていれば、「みちびき」による精度の高い位置情報の提供が役に立つ可能性があります。この山岳救助の領域では、「みちびき」に対する期待は高いです。

山崎:ISSに関連した救助でもGPSは活用されていますよ。ISSへの宇宙飛行士の往還に使用されているロシアの宇宙船ソユーズでは帰還時にカプセルに搭乗し、最終的にパラシュートが開いて着陸します。ただ、過去に何度かカザフスタンにある想定着陸地点をずれたことがありました。この際、ソユーズでは従来、救助用ビーコンで対応していましたが、最近GPS受信機も搭載。その結果、ずれても精度良く着陸地点を割り出せるようになっています。今後スペースシャトルは退役し、ISSとの往復には暫くの間すべてソユーズが使われるようになるので、これは安心材料の1つですね。

Last SectionISS開発技術者から宇宙飛行士へ

―― ところで、山崎さんは宇宙飛行士になる前は、ISSの開発技術者でしたよね。自ら希望したのですか?

山崎:実は、たまたまなんです。大学時代は宇宙で人が滞在できる「宇宙ホテル」の構造設計をしたり、月や火星に人を効率よく運ぶための研究に取り組んでいました。大学院では、今度は宇宙ロボットの研究です。その流れで、1996年にNASDAに入社したときは、宇宙ロボットの研究をしたいと思っていましたね。当時、将来の宇宙活動に必要なランデブ・ドッキング技術や宇宙用ロボット技術を修得するための技術試験衛星「おりひめ・ひこぼし」のプロジェクトが推進されていたので、そういうプロジェクトにぜひとも携わりたいと。もちろん、有人宇宙開発の部署へも希望は出していたので、、ISSの開発セクションに配属されたことはご縁だったと思います。

―― そこでは、ISSの「きぼう」日本実験棟の開発に携わっています。具体的にどのような業務でしたか?

山崎:きぼうの開発は、プロトタイプ、エンジニアリングモデル、そして実際に打ち上げるフライトモデルの3段階に分けて、進められます。私が参加したのは、最終段階のフライトモデル。所属したのが「全体島」と呼ばれる部隊で、そこでは各メーカーが開発した、船内実験室や船内保管室、船外実験プラットフォーム、ロボットアームなど、様々なパーツを組み立てるシステムインテグレーションを担っていました。また、NASAとのインタフェースも請け負っていました。私に最初に与えられた仕事は、米国や欧州、日本が制作した実験ラックが、収納する船内実験室側のインターフェースに合致するかどうかを、メーカーとともに確認すること。実験ラックはちょうど公衆電話ボックスくらいの大きさでしたが、要するにそれがきちっと用意されたスペースに入るのか、電圧や廃熱の基準は満たしているかをチェックし、問題があればラックの設計をし直すなど修正を要請していくわけです。OJTをしていただきながら、様々なシステムインテグレーションを学んでいきました。その後、ISSに取り付ける構想であった「セントリフュージ」(重力を制御する能力を持つ実験施設)の概念設計にも携わりました。

―― それらの業務をしつつ、宇宙飛行士の試験を受けていった。大変ですね。

山崎:でも、試験の過程そのものは楽しかったですね。1次、2次、3次と試験をパスして残った8人が、最終試験として隔離施設で1週間合宿をするのですが、特にその合宿が楽しかった。残ったみんなは確かにライバルなのですが、それ以上に同じ釜の飯を食べる盟友という気持ちが強かったですね。1週間の試験が終わって別れるときは、寂しかったですよ。

―― 閉鎖空間で喧嘩などは起こりませんでしたか?

山崎:なかったですね。本当にみんなと楽しく過ごせました。ただし、その様子はすべて5台のカメラで試験官の人たちに監視されています。その中で、真っ白なジグソーパズルを完成させたり、東北を1週間で旅するツアーを企画するなど、様々な課題をこなしていきます。本当にこれが何になるんだろうと、意図がわからないものばかりでした。『宇宙兄弟』(宇宙飛行士を題材にし、JAXAも舞台になっている人気漫画)でも、隔離施設での試験の場面が出てきますが、課題に対して疑問だらけの主人公・六太さんの気持ちが、すごくわかりますね。

―― では、最後に日本が宇宙事業を進める上で必要なことを教えてください。

山崎:そうですね。日本はISSに参加しているアジアで唯一の国です。だから、アジアの人たちに貢献できるような活動をすることが重要だと考えます。それはISS以外の宇宙事業にもいえることです。そういう意味で、「みちびき」をはじめとする準天頂衛星システムがアジア・オセアニア地域を広くカバーしていることを、非常に嬉しく思います。

―― アジアの人たちに貢献するためのポイントは何でしょうか?

山崎:ポイントは、「宇宙を利用する」という視点です。それは、私たちのような宇宙開発に携わっている人間が考えることも、そのひとつですが、それ以上に、アジアの一般の方々からの「こんなことが宇宙でできたらいいのでは」という要望を、うまくくみ上げていくことが大切だと思っています。スマートフォンも一般ユーザーのニーズをアプリケーションなどで実現しているから、発展している。宇宙事業でも同じアプローチが必要ではないでしょうか。GPSもそう。様々なデータが一般のレベルでどのように活用できるか。きっと私たちが考え付かないような素晴らしいアイデアを一般の方々は持っています。それを取り入れて、宇宙を多くの人たちがうまく利用できるようになればと思っています。

―― ユーザーと宇宙をうまくつなげていくことも、宇宙開発に携わる人たちに期待される部分なのでしょうね。本日は有難うございました。

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