2019.10.29(火)

これからの10年は、温室効果ガス削減にいかに衛星が貢献するかが問われる時代

プロジェクトマネージャー

久世 暁彦

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき2号」は、打上げから10年、観測精度の向上に取り組んだ「いぶき」を引き継ぎ、二酸化炭素とメタンのわずかな変化も逃さないように宇宙からしっかりと地球の大気を見守りつづけます。 これからは高精度のデータに留まらず、温室効果ガスの削減に向け、より効果的でわかりやすいデータを提供できるように「いぶき2号」を運用していく必要があります。 「いぶき2号」の新プロジェクトマネージャに就任した久世 暁彦さんにお聞きしました。

久世 暁彦 プロジェクトマネージャ

どこから温室効果ガスが出ているか、発生源を明らかに

―「いぶき2号(GOSAT-2)」の新プロジェクトマネージャとしての抱負を教えてください。

「いぶき(GOSAT)」もそうですが、「いぶき2号(GOSAT-2)」は打上げてからが勝負の衛星です。 「いぶき」では過去10年間、大気中の二酸化炭素やメタンの濃度をきちんと求めることが目標でしたが、これからは温室効果ガスをどれだけ削減できるかという人類共通の目標に対し、衛星データがどれだけ貢献できるかが問われるからです。 そのためには今の地球の状態を把握することは大事ですが、どこから温室効果ガスがたくさん出ているか、発生源をきちんと把握することが必要です。
「いぶき2号」は約1万色の「色(光の波長)」を観測していますが、発生源を把握するには、きちんとそれぞれの色の観測の精度を上げ、二酸化炭素やメタンの濃度を正確に解析していかなければなりません。 私の考えでは、発生源別の排出量がわかれば、削減しやすいものがわかるかもしれません。 二酸化炭素削減のために自動車に乗るなと言っても、実際には難しいでしょう。 しかしごみを露天で放置しておけばメタンがどんどん発生してしまうのでそれをやめるとか、あるいは発電でいえば石油・石炭のどちらがより二酸化炭素を出しにくいのかわかれば、より削減しやすくなります。 これからの10年間、衛星が提供するデータを温室効果ガス削減につなげていければと思っていますので、そのための技術を確立していくつもりです。

―現在では日本以外でも温室効果ガスを観測する衛星が打ち上げられていますね。

「いぶき」が打上げられてから最初の5年間は、温室効果ガスを観測する衛星は「いぶき」だけでした。 当初は「宇宙から二酸化炭素の濃度変化など測れないのではないか」と疑問視する人も多かったのですが、「いぶき」が取得したデータを日本だけではなくアメリカやヨーロッパなども競いあい協力しあいながら解析し、 有用性が明らかになってアメリカ、ヨーロッパ、中国が温室効果ガス観測衛星を打上げています。 しかし数が増えてきたとはいえ、世界に数機しかありませんから、2010年に欧州の広範囲を襲った熱波の夏、2015年のインドネシアの森林火災など、世界で起こっているさまざまなイベントを観測する機会を逃してはいけないと思っています。 そのためには衛星の健康状態を保ちながら、絶えず観測しつづけ日々のデータを着実に積み重ねていくのが第一です。
ライバルはたくさんいますし、私はこれからマネジメントの仕事が多くなると思いますが、研究面でも他国がどれだけ新しい方法を考え成果を出しているか、きちんと論文を読んで、世界の情勢を捕らえていきたいと思っています。

人類の役に立つ衛星に関わるのが夢だった

―これまでの研究やGOSATプロジェクトとの関わりを教えてください。

私は、学生時代から地球大気の研究をしていましたが、30年前の日本には地球の大気を観測する衛星がなく、アメリカの衛星のデータを使って研究をしていました。 当時アメリカはオゾン層観測センサを打上げ、南極のオゾンホールの観測に成功しました。その結果、オゾン層が破壊されていることが明らかになり、フロン規制などに結びついていきました。 その衛星は、人類だけでなく地球上の生命を紫外線から救ったと言えるでしょう。私もそういった人類の役に立つ衛星に関われればいいな、という漠然とした夢を持っていました。
しかし30年前はとてもそういう状態ではなく、実験室で「衛星を打上げられたらこういう分光計で観測をする」という実験を続けていました。 1997年、先進国の温室効果ガス排出削減などについての京都議定書が採決され、日本でも宇宙から二酸化炭素の細かい季節変化などを高い精度でモニターできないかということになり、 そこで「いぶき」の原型ともいうべき観測機器(フーリエ干渉計)を試作し、富士山などへ運んで平地を見下ろし、遠隔観測で精度が出るかどうかを実証しました。
試作から10年後「いぶき」を打上げることができたのですが、アメリカが観測したオゾン層があるのは成層圏で、衛星から見れば二酸化炭素がある対流圏より近いところです。 オゾン層の場合、オゾンが減っているか(オゾンホールができているか)どうかを観測できればいいので、そんなに厳しい精度は要求されませんでした。 一方、二酸化炭素は衛星から見れば成層圏より遠い対流圏にあり、山・谷など地形の影響、雲やチリ(エアロゾル)がたくさんあるという悪条件の中で、1年間に0.5%も変化しない二酸化炭素の濃度を観測しなければなりません。 オゾン層の観測と比べ格段に難しい観測が本当にできるかどうか、とにかく打上げて実証してみようというのが最初の「いぶき」の取り組みでした。今だったら「確実にできる」と言えますが、当時はある意味、無謀なところがあったのかもしれませんね。
しかし誰もやったことがないことに挑戦したものですから、NASAをはじめ世界中の研究者が注目して、競い協力して、最初の頃は二酸化炭素の季節変化も観測できないような精度しか出なかったのが、打上後2年間のうちにデータの精度が一気に上がりました。
その結果0.5%の濃度の違いが観測できるようになると「これは使える」ということで、一気に注目を浴びるようになったのです。

「いぶき」センサに使われている観測機器(フーリエ干渉計)

「都市レベル」で温室効果ガスの排出量を測りたい

―「いぶき」「いぶき2号」の開発や運用で苦労した点を教えてください。

気候変動は10年単位でみていかなくてはならないものですから、長く衛星を運用するというのが大変です。「いぶき」はこれまで軌道上で3回危機的な状況を迎えましたが、そのたびにセンサがリセットされてしまいます。 1万色を出すセンサは単純に画像を取っているのと違い、それぞれの色がどれだけの明るさで来ているのかを見ています。一度センサがリセットされてしまうと、評価にまた半年くらいかかってしまいます。 具体的には毎年同じアメリカのネバダ州の砂漠を観測し、衛星のデータと地上のデータが同じかどうかを繰り返し評価します。
そのネバダ州の砂漠はとてつもなく大きくて真っ平らな塩湖で人間の目3色で見ても、また「いぶき」の1万色で見ても真っ白な「美白」の地です。そこで1週間かけて、1万色ですべて白く観測できているかどうかを見るのです。
観測データはさまざまな要素で変化する可能性があるので、気温、湿度、二酸化炭素、メタンの高度分布を測るため衛星が上空に飛んできたときに地上にフーリエ干渉計を置き、同時に大気の状態を調べるためにNASAが飛行機を飛ばして観測します。
「いぶき」「いぶき2号」のデータはオープンフリーで世界に出していますが、それだけではなく地上で取ったデータも示しています。それは「こうしてきちんと取っているのだから、データを信じてください」ということです。 日本単独で「いいセンサだから使ってください」といっても、必ずしも信じてもらえるとは限りません。 今年もアメリカと協力してネバダ州の砂漠で評価をしましたが、アメリカはオゾン層の観測をはじめ大気観測でも長い歴史を持っており技術的にも世界をリードしている国ですから、その国と一緒に観測をし、評価を得ることで世界的にも信頼を得ることができるのです。
衛星を作ったり運用したりするにはいろいろな苦労がありますが、それに加えて「このデータは信じられるものなのだ」ということを示していかなければならないというところが、大変だと思います。 大変といっても「つらい」という意味ではなく、時間をかけて取り組んでいます、ということですね。

ネバダ州の砂漠で、翼に二酸化炭素・メタンを観測する機器を搭載し
GOSATに同期して飛行するNASAの観測機
ネバタ州沙漠 観測チーム

―「いぶき2号」の輝度スペクトルデータおよび画像データの一般提供が開始されています。これからさらに期待されるデータ活用とは?

「いぶき」「いぶ2号」のデータはオープンフリーですが、まだ敷居が高いところがあるようです。 というのも、データをダウンロードしてもすぐにきれいな画像が見られるわけではありません。濃度に変換したデータも提供しているのですが、ちょっととっつきにくいところがあります。 国連では「国レベルの温室効果ガス排出量」と言っていますが、国というのは宇宙から観測する場合大きさもバラバラで抽象的です。我々が最終的に目指しているのは都市レベルでどれだけ二酸化炭素やメタンが排出されているかを観測することです。 さらにいえば、それがどんな発生源によるものなのかを識別できるようになりたいですね。
まだそういうデータを提供できる段階にはありませんが、少しずつステップを踏みながらわかりやすいデータを提供していきたいと思います。

いぶき」が観測した二酸化炭素濃度
※それぞれの画像をクリックすると拡大されます

―「都市レベル」というとかなり精密な観測が必要ですね。

二酸化炭素の7~8割は都市圏から出ているといわれていますが、面積にするとわずか2~3%にすぎません。 温室効果ガスの観測は、地球の全域を同じようなスケールで同じようなタイミングでデータを取りつづけければいいというわけではなく、世界地図帳のように、わずか2~3%の面積から大半の二酸化炭素が出ている都市は細かく、 地球全体の観測とバランスを取りながら観測していくことが有効です。それには大元の観測パターンをどう工夫していくかが重要になってきます。
二酸化炭素同様に重要なのがメタンです。二酸化炭素の発生はある意味わかりやすく、石油・石炭・天然ガスに含まれている炭素が燃焼によって酸化したものです。 メタンは非常に発生源が複雑で、石炭や石油を採掘しているときにも出てきますし、家畜、ごみ処理場、下水処理場、永久凍土からも発生します。データを発生源に直結する精度にまで持っていかないと難しいですが、発生源がわかれば対策をして削減できる可能性があります。 まだゴールには程遠い状況にありますが、目標を定めてしっかりと目指していきたいと思います。

データをわかりやすく幅広い人たちに提供するのが使命

―具体的には、どうやって温室効果ガスの発生源を調べるのでしょうか?

「いぶき2号」には「いぶき」と大きな違いがあります。「いぶき」は毎日500点、好きなところを見ることができます。 たとえば東南アジアなどは島が多く、単純に300kmに1点ずつ観測すると、ほとんど暗い海を見ていることになります。東南アジアは二酸化炭素やメタンの大発生源の1つですから、島などの陸地を逃してしまうのはもったいないのです。 それでここ10年間、平地の観測点を増やすなど大きくパターンを変えてきました。
「いぶき」の場合、昼側だけで1万点くらいデータを取りますのでが、1日500点というと5%くらいしかカスタマイズすることができないということです。
一方「いぶき2号」はあまり謳い文句にはしていませんが、衛星に搭載したメモリを増やして100%カスタマイズした観測を毎日できるようになっています。世界中のさまざまな地点で最適な観測とは何かはまだわからないのですが、それが可能な機能をもって打上げられています。
世界中にある火力発電所の位置などはわかっていますから、そこを観測するのはいいのですが、それだけではなく発電所の風上・発電所・風下の3つの温室効果ガスの濃度のデータを見て、風下の濃度が高かったら、発電所から発生したものだとわかります。 それらを正確に観測するには地形や風向きや風速などのデータも必要になります。我々は世界中に現地の情報を提供してくれる地域の人たちのネットワークをつくりながら、観測パターンを決めています。
「いぶき2号」は機能的には大きくアップしたのですが、まだその機能をすべて使い切っていないので、日々工夫していかなければなりません。

米国西海岸での「いぶき」観測パターン例
(温室効果ガス発生源・風上・風下の濃度を観測する)

―「いぶき2号」に注目している世界の環境問題に取り組んでいる方々、また一般の方々にメッセージをお願いします。

今、我々が発信したいのは、温室効果ガスがどれだけ排出されているのか、またそれが削減可能なのかということです。そこまでデータを持っていかないと目指しているものが達成できたとは言えません。 これまで「いぶき」が発信する情報の対象はおもに研究者や技術者でした。これからは情報を温室効果ガス削減につながるよりわかりやすい形で広く環境問題に関心を持つ人たちに提供したいと考えています。
それと同時に、世界中に「GOSATサポーター」を作っていかねばと思います。世界の温室効果ガスの発生源の多くは人の住んでいるところです。 そこに住んでいる人たちから「こう観測したほうがいい」というフィードバックがもらえるところまで持っていくというのが理想ですね。そのためには、見て面白いデータを出しつづけないといけないと思います。 今では世界中の衛星のセンサの性能が上がってきていますから、「日本のセンサはつまらない」と思われないよう、たえず新鮮なデータを出しつづけ「いぶき2号」の存在感を示していきたいですね。

久世 暁彦 プロジェクトマネージャ

(取材日:2019年9月)

関連情報

人工衛星プロジェクト「いぶき2号」(GOSAT-2)
人工衛星プロジェクト「いぶき」(GOSAT)

前プロジェクトマネージャ 平林 毅インタビュー

関連サイト

地球観測衛星特設サイト

プロフィール


久世 暁彦(くぜ・あきひこ)

久世 暁彦(くぜ・あきひこ)

JAXA第一宇宙技術部門 GOSAT-2 プロジェクトマネージャ

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