2019.10.04(金)

宇宙から気候変動のシグナルを捉え、メカニズムの解明に貢献していく

プロジェクトマネージャー

田中 一広

2017年12月23日の打上げ後、「しきさい」は順調に地球の観測を続けています。「しきさい」は250m解像度のチャンネルを持ち、全球スケールで森林や海域の様子を高頻度で観測し、2018年12月20日から一般へのデータ提供を開始しました。 「しきさい」に搭載されているセンサ「多波長光学放射計(SGLI)」の開発者であり、新プロジェクトマネージャに就任した田中一広さんにお聞きしました。

田中 一広 プロジェクトマネージャ

代々のプロマネが育てたGCOMをさらに発展させたい

―「しきさい(GCOM-C)」の新プロジェクトマネージャとしての抱負を教えてください。

「GCOMプロジェクト」は2007年に「しずく」(GCOM-W)開発を担当する部署として発足しました。私は3代目のプロジェクトマネージャになります。 今回、運用の責任者になってJAXA内に限らず、人と人とのつながりというものを実感しています。 私は「しきさい」のセンサSGLI(多波長光学放射計)の前のGLIも担当していましたが、今回、運用の責任者になってみて、初めて会った人に対してでも、こちらの意図を「伝える」ということの難しさ、重要さを実感しています。 私の仕事は「しきさい」がきちんと観測を続け、その観測結果をユーザに伝えることです。 それには何十人もの人間が携わっていますので、一人でも行き違いがあると、データが止まってしまいます。 また外部の人に対して「宇宙用語」といいますか、特殊な専門用語を使ってしまうとうまく伝わらないことがあります。行き違いや誤解のないよう、いかに正確で「わかる言葉」を使うかということに日々、気を使っています。
一方、サイエンスの人たちや地方の方のところに行って「こういうデータはいかがですか」とお話をし、「これは使えるかもしれませんね」と言っていただくと非常に嬉しく感じます。 私はセンサの概念を考え、設計して衛星に搭載し、衛星の運用をしてデータ処理をしてデータを届け、かつ広報から利用推進まで基本的に「しきさい」の隅から隅まで担当しているところがあるので、非常に広くやりがいのある仕事だと思います。 代々のプロマネが努力して育てたGCOMプロジェクトが、ミッションを果たせるように全力を尽くしたいと考えています。

―これまでの「GCOM(地球環境変動観測)」ミッションとの関わりを教えてください。

地球環境変動観測ミッションGCOMは、GCOM-CとGCOM-Wの2種類の人工衛星から構成されていています。 私はGCOMミッション立ち上げ当時から関わってきました。GCOMは「しずく」に搭載した電波センサAMSR2(高性能マイクロ波放射計2)と「しきさい」に搭載した光学センサSGLIという2種類のセンサを有していますが、 私は概念設計から打上げ1年半後の現在に至るまで、一貫してSGLIを担当しています。
「しきさい」に搭載されているSGLIは、人間の見えない波長を含めた近紫外(波長380nm)から熱赤外(波長12µm)の光を19チャネルで観測する全球観測用のセンサです。 衛星の光学センサというとよく「何mが見えるのか?」ときかれますが、SGLIの分解能は250mという少し粗い画像になりますが、さまざまな波長で観測できます。 かつ1日に地球の約半分の地域、2日で全地球を観測でき、頻度が高い観測ができるというのが特徴です。しかし逆に言えば、同じ地点を2日に1回しか見られないということでもあります。 そのため、私はよく「協調と競争」という言葉をつかうのですが、アメリカやヨーロッパの衛星と一緒に「しきさい」のデータを使ってもらおうということで、他国の衛星と近い波長でも観測を行っています。 それが「協調」の部分です。しかしそれだけでは日本の衛星としての意味合いが薄くなってしまいますが、「しきさい」は250mの分解能であることに加え、他の衛星にはできない紫外に近い380nm(ナノメートル)という短い波長で観測することができますし、 さらに 偏光多方向観測機能といって光の電界の方向を測るカメラの偏光レンズのような機能を備えています。これが「競争」の部分ですね。

VNRとIRS、2つのセンサで観測する「しきさい」

―「しきさい」の開発・運用で、苦労したのはどんなところでしょうか?

やはり搭載センサSGLIの開発です。SGLIは「Second generation GLobal Imager」という名前が示すように、地球観測技術衛星「みどり2号(ADEOS-II)」に搭載したGLI(GLobal Imager)の後継機です。 しかしその設計はGLIとは大きく異なり、可視・近赤外放射計部(SGLI-VNR)と赤外走査放射計部(SGLI-IRS)という2つの放射計部から構成されています。これは大型・複雑化したGLIの反省から、観測装置を2系統に分割し、さらに高性能化を目指したことが理由です。
SGLIの試作モデル(BBM)の設計に着手したのが2005年ですから、2017年の打ち上げまで、SGLIの開発には12年を要しました。この10年以上にわたる設計・製作・試験のそれぞれに一言では言い表せない努力がありました。
たとえば気候変動を観測するには、ただ地球の画像が見えるというだけではダメなのです。黒潮の蛇行をとらえた画像にしても、漁業者さんからは「植物プランクトンも見たいが、海面水温も見たい」という要望が出ます。 そのため「しきさい」では、植物プランクトンが持つクロロフィルa色素をVNRで観測し、IRSで海面水温を測っています。
さらに科学目的の場合、プランクトンの量はどれくらいか? 温度の精度は何度か? という精度を求められます。精度を出すには、ノイズが非常に小さく出力が安定していないとできません。そこが苦労したところです。
宇宙開発は衛星を打上げるまでが非常に長く、それまでは頭の中で「このデータはこういうふうに観測できるはずだ」と光学測定器を見てずっと想像しているのですが、 2018年1月1日「しきさい」の初画像を見たとき「20年間想像していたものが、実際に思ったとおりに出ている」と非常に感動しました。これらのすべての努力が、現在の「しきさい」の観測性能につながっているのだと思います。

「しきさい」が観測したカムチャッカ半島の朝焼け
画像中央には半島の最高峰クリュテェフスカヤ山(標高4,835m)が見え、積雪や雲の一部が2018年初日の出の朝焼けに染まっています。

―「しきさい」のさまざまな観測結果が出てきていますが、そこから見えてきたものとは?

一言でいうと、「やはり気候システムというものは非常に複雑だ」ということです。記録的な日照不足が言われた今年(2019年)の夏は、例年に比べて雲が多いというのが「しきさい」の観測からも確認できています。 日本は昨年の夏は猛暑でしたが、パリは今年が非常に暑く、場所によって異常気象が違うということが観測されています。今年、アマゾンの林野火災が起こりましたが、 林野火災の多くは自然発火が原因らしく、2019年7~8月、SGLIの偏光チャネルで火災の煙がどこから出ているのかを10日ごとに平均していったデータを見ると、 シベリアの林野が夏になると発火しているのがわかります。 地球規模で見るとさまざまなところで発火して、しばらくすると消えるということを繰り返しています。 林野火災の煙が核となった雲の成長がどう気候に影響するかを研究されている気象学者の方もいますので、こういったデータをきちんとお渡ししなければいけないなと思っています。 「異常気象」にはさまざまな現象があり、気象や気候への影響もさまざまですので、これらを全球的に観測する「しきさい」の責任を感じています。

「しきさい」が観測したパリの熱波
現地時間12時30分頃の画像。昼過ぎの時点ではパリ付近の地表面温度は39-40程度でした。
「しきさい」が8月15日に観測したアマゾンの林野火災
煙の白い筋が見えています。

大きな反響を呼んだ「2018年日本列島の猛暑」

―2018年の「しきさいが捉えた日本の猛暑」の画像は大きな反響を呼んだということですが?

一般の方から専門家まで幅広く反響をいただきました。一般の方には「今年の夏は暑かったよね」と興味を持っていただいたと同時に、専門家の方には「ここまで温度がわかるのはいいですね」と評価していただきました。 衛星に搭載する40~80m分解能のカメラはあるのですが、観測できるのは200km幅くらいです。一方「しきさい」は250mの分解能ですが、1400km幅で撮ることができますので、日本列島が半分くらい写り、「見たいところが見える」のです。

「しきさい」が捉えた関東から関西の地表面温度

―2018年12月20日より「しきさい」観測データの提供が開始されています。これからさらに期待されるデータ活用とはどんなことでしょう?

「しきさい」の観測機能・性能は、サイエンスを目的に設計されていますが、同時にさまざまな利用分野への応用が可能です。これらのデータ利用は、JAXAだけの活動ではなく、さまざまな機関や研究者の方と議論を進めています。
日射量の変動による農作物の生育状況の把握については、光合成に必要な日射の観測と赤外線で見た植物の活性度(正規化植生指数:NDVI)や温度の観測が有効です。「しきさい」が観測する日射量と植物の活性度、地表面温度による農作物の生育把握の研究が進んでいます。
黄砂の観測については、黄砂とはエアロゾルの一種で、おもに中央アジアのタクラマカン砂漠の砂嵐(ダストストーム)によって巻き上げられたダストが偏西風に乗って日本に到達する現象です。 全球を観測する「しきさい」の画像によって、黄砂の状況を把握する研究が進められています。
また海の生態系においては、光合成を行う植物プランクトンを動物プランクトンが食べ、動物プランクトンを魚類が食べるという食物連鎖があります。「しきさい」は植物プランクトンと、生態系に密接な海面温度を観測できますので、漁場の把握に有効です。
海面温度と植物プランクトンのデータは養殖業にも利用されています。養殖業においては、生育状況を左右する水温の把握や赤潮の観測が重要ですし、植物プランクトンの量が非常に多くなると赤潮になり、養殖業に大きな被害を与えます。 赤潮が漂ってくることが事前にわかっていれば、対策をとることができるからです。
データの民間利用に対してJAXAはどちらかというとお手伝いをするという立場です。研究者や業者の方に「データを使ってみませんか?」と声をかけるときも、相手の欲しいものすべてを我々が持っているわけではありませんから、 いかにマッチングを図っていくかがポイントになります。今は1つ1つ可能性を探っているというのが現状だと思います。

地球の色彩を用いて、全地球の環境を監視

―「しきさい」と「しずく」など他の衛星のデータを組み合わせて利用する計画が進められています。

先ほど「協調と競争」という言い方をしましたが、さまざまな人工衛星で観測を行っているのですが、まだ数が足りません。サイエンスの方と話をすると「もっとデータはないのですか?」とよく聞かれます。 「しずく」は基本的に水の量を観測するので、「しきさい」では見えないものが見えます。たとえば「しきさい」は雲があると海面温度を測ることができませんが、「しずく」は粗くはなりますが観測することができます。 そこで衛星とモデルのデータを合わせて、海面温度を測ろうという海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究プロジェクトが地球観測研究センター(EORC)のホームページで公開しており、「しきさい」のデータによる高精度化をを狙っています。
このように次第に複数の衛星で補い合って観測して行こうというのが現在の流れになっています。観測する側としては、研究者の方にバトンを渡しましたので、ぜひ気候変動のメカニズムを解析してほしいという思いです。

―座右の銘はありますか?

座右の銘ではないかもしれませんが、私は「考えること」が好きです。考えていて、もしかするとこれはこういうことなのかもしれないと考えを進めていく。 もちろん考えてもわからないことはあるけれど、ふと思いついてわかることもあります。
観測についてもそうですし、データをこういうユーザに使ってもらえるかもしれない、というアイデアについてもそうです。使ってもらえないかもしれないけれど、聞いてみなければわからない。 意外と考えるネタは世の中にたくさん転がっています。1つ1つの情報には、何かの種があることが多いのです。これからも考えつづけていきたいし、そうすることがこのミッションの成功に繋がっていくのではないかと思っています。

田中 一広 プロジェクトマネージャ

(取材日:2019年9月)

「しきさい」による観測

2018年1月1日 元旦の1日で観測した範囲(VNR)

「しきさい」は1000km以上の観測幅を有し、約2~3日に1回の頻度で全地球を光学観測する極軌道衛星です。
2018年1月1日の観測開始以降、365日、24時間連続して地球を観測しています。(機能確認、校正を除く)

2018年10月1日 台風通過後の日本

「しきさい」の1000km以上の観測幅は、日本列島の東西の幅にほぼ相当し、関東から四国までを一度に250m分解能で光学観測できます。

関連情報

人工衛星プロジェクト「しきさい」(GCOM-C)

前プロジェクトマネージャー 杢野 正明インタビュー

関連サイト

地球観測衛星特設サイト
地球観測研究センター GCOM-Cサイト

プロフィール


田中一広(たなか・かずひろ)

田中一広(たなか・かずひろ)

JAXA第一宇宙技術部門 GCOMプロジェクトチーム プロジェクトマネージャ

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